| ある人は彼を奇跡のヒーラーと見なし、ある人はペテン師とみなしました。
彼を通して起きた数々の治癒は、何百万人の人々に衝撃を与えました。
聖書にあるようなシーンが繰り広げられました:体の麻痺した人々が再び歩けるようになり、盲人が見えるようになり、耳の聞こえない人々が聞こえるようになりました。
1959年に彼は亡くなりました、しかし彼の残した「不治の病は無い、神が最高の医者である」という言葉は今日に至るまで、医者の証明する治癒をもって通用しています。
奇跡は引き続き起こっています、現代においても何千人もの人々が彼の教えを通して、救いと治癒を体験しています。
ブルーノ・グルーニング:「誰もが自分自身の医者になれます、信頼しなさい、信じなさい、神の力が救い治癒してくださいます。」
ブルーノ・グルーニングにとって、彼の行いのクライマックスは1949年の9月、ミュンヘンの近郊、ローゼンハイムの近くのトラーバーホーフに3万人にものぼる人々が押し寄せた時でした。
当時の生き証人が報告しました:
「それは1949年9月9日の大量治癒の起こる前のことでした。日夜待ちわびている人々の中に最初の遠隔治癒が起こった時は、ブルーノ・グルーニング自身は北ドイツにいました。
このような出来事の強烈な印象のもとで、病人たちの輪の中にだんだんと変化が起こりだしました:彼らの目の前で人間が説明できないある力が働きました、この力は人間がもう助けることの出来なかったことを助けました。
翌日の午後にブルーノ・グルーニングが救いを求める人々の前に立ったとき、彼は彼らの中に治癒を受け取ろうという澄み切った心の準備があることを見ました。約一時間、祈る人々の前で彼は黙ったまま、人々の病気を自分の中に取り入れ、精神的にそれと取り組んでいるように立っていました。それから彼が、神こそが我々人間の父であると話したとき、まさに聖書のような場面が実現したのです。
病人は担架から起き上がり、障害者たちは彼らの杖を投げ出し歩くことができました、目の見えなかった子供が見えるようになったり、感謝の叫び声が、どんどん起こる新しい治癒を告げていました。その起こった治癒の中で目に見える治癒はほんの一部分でしたが。その後も長いこと、どんどんこの日に生じた、またはこの日に始まった治癒が起こっていることがわかりました。」
ブルーノ・グルーニングの友たちは各地にある多くのコミュニティで皆と一緒に治癒力を取り入れるアインシュテレンをするために定期的に集まります。ここでも助けを求める人々と関心のある人々のために、ブルーノ・グルーニングの教えに入門するための、入門案内講演が定期的に行われています。体と精神の姿勢を正しくとることにより、どのように治癒力を取り入れることができるかを教えられます。誰もが再び自分自身のための医者になることができます。
1959年ブルーノ・グルーニングは亡くなったにも関わらず、治癒は引き続き起こっています。長年の臓器の病気の治癒さえも。
ブルーノ・グルーニング:
「私を通して自分の健康を再び獲得する、という最高の幸運を得た者は、心の底から常に神に感謝しなさい、私はただ、神の道具であり従僕です。私の肉体は地下に埋められるでしょう、しかし私は死んではいません。だれかが私を呼ぶなら、私はすぐその人のところに行き、引き続き助けます。その時が来たら、誰もが自分で救いと治癒を獲得できるでしょう。」
医学−科学専門グループ(MWF)の医者たちは多くの国々で、ブルーノ・グルーニングの教えを通して起こる、神の道における治癒が医学的に証明できることについて定期的に情報講演を行っています。
ここ何年間か、MWFの専門家たちにより、何千というサクセスレポートがブルーノ・グルーニングの教えに基づいて作成され、その一部は文書で証明することができました。最悪の臓器の病気が完全にしかも持続的に治癒されたことが、医学的に証明されました。サクセスレポートには、心身症であれ、肉体の病気であれ、様々な病気の治癒がレポートされています。 |